心理統計法('17)

  【著者】
   豊田秀樹 (2017年3月)
   放送大学教育振興会
   放送大学「心理統計法('17)」Rスクリプト(ZIP)

(本書「まえがき」より)

心理学はデータに基づいて心のメカニズムを研究する学問である。この本では心理学研究のためのデータ分析法について講義する。 従来の心理統計法の初年度の講義は、統計的有意性検定の利用を前提としていた。その前提は圧倒的に強固で、当然で、まったく選択の余地がなかった。 しかし本講義には統計的有意性検定がいっさい登場しない。有意性検定の時代的使命は終わったからである。

有意性検定からは脱却し、代わりにベイズ流のアプローチで統計的推測が展開される。若いあなた(そして年齢によらず心の若いあなた)には、新しい時代の統計学を学んでほしい。 そこではt分布・F分布・カイ2乗分布など、高度な数学を使った標本分布は必要ない。帰無仮説も検定力もない。分散の分母にはデータ数nを置く。n-1は置かない。

ベイズ流のアプローチは、有意性検定に代わってデータ解析の本流となる。その意味で本書は、新時代の心理統計法の教科書の先駆けである。 初めて心理統計法を学ぶ学生の入門書としてだけでなく、長く心理統計法を利用してきた方、また大学で心理統計法を講義している方の再入門のための教科書としても利用していただける。

数学的説明には、微分・積分・行列・シグマ記号・ベクトル演算を使わない。しかし、だからといって、数学的説明を割愛したり、説明のレベルを下げたりはしていない。 ベイズ流のアプローチには、高度な数学が必ずしも必要ないからである。文系学部におかれることの多い心理統計法には、数学的負担の少ないベイズ的アプローチの方が有意性検定よりも適している。

心理データを分析するための統計手法のなかで最初に学ぶべき単元として、本講義では「データの記述」「正規分布」「独立した2群の差」「相関係数」「対応ある2群の差」「実験計画法」「比率・連関」「回帰分析」を選んだ。 心理統計法の最初の半年間の定番トピック達である。一見すると別々なこれらの手法の解は、すべてベイズの定理によって統一的に導かれる。例外規則はない。ベイズ理論は単純で美しいことが特徴である。

章末には演習問題が置かれている。ただし「専門用語を答えなさい」という形式の演習問題には正解を示していない。正解は章中の「太字」にある。正解を示さない理由は、正解を学習者自身が探すことによって内容に対する理解が深まるためである。 単位認定試験は演習問題を解いたのちに受験されたい。

座学だけではデータ分析の実技はけっして身につかない。教科書の内容を追計算することは実技向上の第一歩として大変有効である。実技にはソフトウェアが必要である。 オープンソースで無料のソフトウェアのインストール情報や、計算に必要なスクリプトを本講義用のwebページと著者のwebページから配布するので、できるだけ利用していただきたい。 ただしMCMCによる分析は乱数を利用するので、実行するたびに結果が少しずつ異なる。数値の細かい相違は気にする必要はない。

発展研究が置かれている章もある。そこに登場する心理実験は特別な実験器具を必要としないものばかりである。教科書の内容を追計算した後に、ぜひ発展研究にも挑戦して欲しい。 しかしPCを使用できない環境の受講者の方もいるかもしれない。単位認定試験の内容には、ソフトウェアによる教科書の内容の追計算や発展研究への挑戦は含めないので、そのような環境にいる方も安心して受講していただきたい。



目次
第1章 データ分布の要約
第2章 事後分布とベイズの定理
第3章 1群の正規分布の分析
第4章 生成量と研究仮説が正しい確率
第5章 2群の差の分析1
第6章 差を解釈するための指標
第7章 相関と2変量正規分布
第8章 2群の差の分析2
第9章 1要因実験の分析
第10章 2要因実験の分析
第11章 2項分布による分析
第12章 多項分布による分析
第13章 単回帰分析
第14章 重回帰分析
第15章 発展的学習によせて