岩間徳兼(Norikazu IWAMA)
博士論文

博士学位論文

「3次までの積率を利用した構造方程式モデリングの応用可能性に関する研究」


 本研究では,現在,心理学をはじめ非常に多くの分野で利用されている構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling,SEM)に焦点を当てている。中でも,2次の積率である分散,共分散を利用した共分散構造分析(Covariance Structure Analysis, CSA)ではなく,さらに3次までの積率を利用した構造方程式モデリング(以降,3次積率SEM)を検討の中心に据え,三つの側面から3次積率SEMの応用可能性について考察した。一つめは少変数モデルの分析における当該手法の応用可能性(研究I),二つめは多変数モデルの分析における応用可能性(研究II),三つめは既存のモデルとの組み合わせという点からの応用可能性(研究III)である。

 第1章では,統計手法としてのSEMの特徴やその基本的なアイデアについて触れた上で,SEMとCSAとの違いについて明確にした。その後で,SEMの代表的な表現方法であるRAM(Reticular Action Model)表現について具体的に取り上げ,SEMにおける核となる観測変数の積率の構造化について1次積率(平均)と2次積率(分散)の場合を例にとって解説した。また,SEMで利用されるいくつかの推定法について,目的関数や推定量の性質などの説明を行った。特にADF推定法に関しては,第2章以降の内容との関連が深いため,理論的な内容について踏み込み,推定量や目的関数の性質を証明とともに示した。その上で,SEMにおいて3次の積率を利用することの意義を示し,これまでの研究から3次積率を利用することの利点を挙げた。そして,3次積率SEMの理論的枠組みについて示した。

 第2章(研究I)では,まず,2次積率を利用したSEMとして一般に利用されることの多い,共分散構造モデルに内在する問題点として,分析の難しい三つのモデル(飽和モデル,識別不定モデル,同値モデル)について説明を行った。そして,パス解析モデルを3次積率を用いて推定する方法論について記述した。次に,実際に収集されたデータに対して,三つの観測変数からなるさまざまな少変数モデルを適用し,それらを3次積率SEMによって分析,比較することによってCSAにおけるモデルの問題が解決されることを示した。さらに,小規模なシミュレーション研究を行い,3次積率SEMによるモデル選択の妥当性についても確認した。

 第3章(研究II)では,はじめに,3次積率SEMにおいて多変数のモデルを扱う場合の問題である計算量の増大について,目的関数の構成要素である積率ベクトルと重み行列の観点から議論した。そして,多変数モデルであってもあまり負荷を上げずにモデル推定が可能となる方法として,通常のADF3推定法において利用される3次積率の中から特定の積率のみを選択して利用する選択的ADF3推定法を提案し,解説を行った。その後,提案手法に基づいて,シミュレーションデータと実データの分析を行い,推定法が有効であることを示した。

 第4章(研究III)では,これまで提案されてきた統計モデルにおいて3次積率を利用した分析法を適用することで,新たな知見を得ることが出来る可能性について検討を行った。シェッフェの一対比較モデルを対象とし,SEMによるモデル表現および1次,2次積率の導出について示した上で,これまでのシェッフェ型一対比較モデルにおける嗜好度間相関の推定に関する問題点について言及した。そして,嗜好度間相関の問題を解決できる方法として,CSAによる嗜好度間相関推定モデルの提案を行った。さらに,従来のシェッフェ型モデルでは得ることが難しかった知見を獲得することを目的として,3次積率に基づく,独立成分を導入した一対比較モデルを提案した。新製品の売り出し場面を想定して複数のネーミングを考えて,その好みを一対比較により評価すること求める調査を行い,モデルの適用を行った。分析結果から,提案した両モデルの有効性が示され,特に,独立成分を導入した一対比較モデルを用いると,各対象への嗜好の背後に存在する要素を見つけだせる可能性が示された。

 第5章では,第1章から第4章までの総合考察として,三つの観点に基づいた研究結果を通して3次積率SEMの応用可能性について検討を行った。全体を通して判断すると,3次積率SEMは現在主流のSEMであるCSAの欠点を補う統計手法として十分に有効であると思われた。しかし,3次積率SEMの応用可能性の高さが示された一方で,CSAに匹敵する学術的,実務的浸透を達成するために改善が必要な事柄として,適合度指標やソフトウェアなどに関する問題点も見出された。

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Last update: 20120325