小杉正太郎(Syotaro KOSUGI) |
博士論文 |
博士学位論文 |
「企業内メンタルヘルス・サービスの理論と実際」 -心理的ストレス理論による「職場ストレス・スケール」の開発と企業内における利用の実際- |
小杉正太郎氏提出の学位請求論文「企業内メンタルヘルス・サービスの理論と実際 ―心理的ストレス理論による「職場ストレス・スケール」の開発と企業内における利用の実際―」は,企業内におけるメンタルヘルスに関する基礎的,臨床的研究である. 2001年6月時点で筆者は,おおよそ17,000名の企業従業員を対象とした心理学的視点からのメンタルヘルス・サービスを3つの事業所において実践している.筆者が実践するメンタルヘルス・サービスは,心理ストレスモデルに立脚している.同モデルは疾病予防を目的とする医学的ストレスモデル,ないし,疾病ストレスモデルの前段に位置し,疾病発症の契機となる不適応状態の発生を説明するモデルである.本論文は,第T部「理論編」と第U部「実践編」から構成される. 第T部「理論編」では,心理ストレスモデルの誕生と問題点の検討,職場不適応の検討,職場不適応者への心理的援助を目的とした心理的職場ストレスモデルの作成,同モデルに依拠して作成された「職場ストレス・スケール」の開発過程と同スケールの全容等が紹介されている. 先ず,心理的ストレス研究の概要を解説し,続いて,筆者による心理学的観点からの職場ストレスモデル(以降,心理的職場ストレスモデルと略記する)と,このモデルに依拠して著者らが作成した「職場ストレス・スケール」との理論的背景を検討する. 心理的職場ストレスモデルは,心理的水準の職場不適応発生過程を,職場ストレッサー・職場ストレッサーに関する認知的評定・職場ストレッサーへのコーピング方略・ソーシャルサポ−ト・心理的ストレス反応の4要因によって捉え,職場不適応者の心理的援助に利用する心理臨床的モデルである.また「職場ストレス・スケール」は,職場ストレッサー尺度,コーピング方略尺度,サポート尺度,心理的ストレス反応尺度,および妥当性尺度(緩衝項目を含む)の5尺度からなり,これら5尺度のうち,妥当性尺度を除く4尺度は,心理的職場ストレスモデルの構成要因によって作成されている.なお,上記5尺度を1つの質問紙に包括する職業性ストレス検査は「職場ストレス・スケール」以外に存在しない. 第U部「実践編」には,「職場ストレス・スケール」の一斉実施に始まるメンタルヘルス・サービスの定着を目的にした啓蒙,教育活動,同スケールによる調査結果の個人および集団を対象とした利用,更に,同スケールの結果を基に実施される心理ストレスモデルに準拠するカウンセリングの実際,等が紹介されている. 今日の企業内メンタルヘルス・サービスは,従業員の精神疾患に焦点を当て,同疾患の発見,治療への誘導,治療後の職場復帰に関わるサービス形態から,従業員の心理的健康に焦点を当て,就業環境・就業条件に原因する心理的健康阻害要因の改善によって心理的健康と生産性の向上とを図るサービス形態へと変化しつつある. 前者のサービス形態を精神医学的サービス形態,後者は心理学的サービス形態と言うことができるが,最近では,特に後者をアクティブ・メンタルヘルス(積極的メンタルヘルス)と呼んで,精神医学的メンタルヘルスとの質的相違を強調する傾向がある. アクティブ・メンタルヘルス活動の対象は,出社して業務に従事する従業員である.従って,少なくとも建前上は心理的に健常な従業員を対象として,アクティブ・メンタルヘルスは展開されることになる.しかし,出社して業務に従事する従業員の中には,心理的な不調を自覚しながら就業する者(心理学的水準の職場不適応者)も少なからず含まれているのが実状であるから,アクティブ・メンタルヘルス活動には,これらの従業員へのサービスも含まれなけれならない. 筆者が志向する企業内メンタルヘルス・サービスは,心理学的水準の職場不適応者を含むアクティブ・メンタルヘルス活動である.本編では先ず,日米の企業内メンタルヘルス活動の歴史的概略と現状を紹介し,特に,我が国に見られる特徴・問題点を概説する.続いて,企業内メンタルヘルス・サービスの方法を検討し,「職場ストレス・スケール」を用いた筆者によるメンタルヘルス・サービスの実際を紹介する.最後に,「職場ストレス・スケール」による調査結果に基づいたカウンセリングの事例を報告している. 評価の定まった査読論文が含まれている点,データ解析,統計解析・解釈が高度に展開されている点,理論的側面,臨床的(実践的)知見が極めて有機的に統合されている点,更にスケール開発においてオリジナリティが示されている点,そして何よりも研究者養成のシステムとして十全に機能している点から,本論文が「博士(文学)」の学位を受けるに十分に値するものであると判定された. |
Last update: 20100401
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