久保沙織(Saori KUBO) |
博士論文 |
博士学位論文 |
「多特性多方法データを用いて測定の信頼性と妥当性を定量的に評価するための方法に関する研究」 |
一般に,心理学的測定は,信頼性と妥当性という2つの観点から評価される。とりわけ,構成概念という目に見えないものを測定の対象とすることが多い心理学の研究においては,妥当性の検討が重要な問題となる。しかしながら,妥当性はその概念を集約的に解釈することが難しく,様々な側面からの検討を要する。そのため,妥当性検証の手続きや,妥当性係数といった指標について,常套の数理的・統計的なアプローチは存在しないというのが現状である。 本研究では,多特性多方法(multitrait-multimethod; MTMM)行列を用いて,確認的因子分析モデルの枠組みにおいて束的妥当性(convergent validity)と弁別的妥当性(discriminant validity)を検証するための新たなモデルや指標,推定方法の提案を行い,それらの実用可能性について検討した。第1章では,妥当性研究の歴史を概観するとともに,これまで提案されてきたMTMM行列を分析するための確認的因子分析モデルの特徴と問題点を整理し,本研究の目的と論文全体の構成について言及した。 第2章(研究I)では,従来のモデルに比較して汎用性と実用性が共に高いと考えられるモデルとして,信頼性および収束的妥当性,弁別的妥当性の解釈が1つのデータに対して一通りに定まるモデルの提案を行った。提案モデルでは,方法因子の因子得点の和を0に制約し,特性因子間および方法因子間には相関を仮定する。適用例では,過去の文献から引用した12の相関行列を分析対象とし,それぞれのデータに対して提案モデル,CT-CM(correlated trait-correlated method model)モデル,CT-C(M−1)モデル(correlated trait-correlated method minus one model)の3種類のモデルを適用し,モデルの識別と不適解の有無という2つの観点から,推定結果を比較した。さらに,推定値を利用して,信頼性と妥当性を定量的に評価するための係数を計算し,各モデルの特徴について考察を行った。さらに,提案モデルの識別の可能性について検証することを目的に,シミュレーション研究も行った。シミュレーション研究および適用例の結果から,提案モデルは信頼性および妥当性の解釈が必ず一通りに定まる有用なモデルであり,識別の可能性も非常に高いことが示された。 第3章(研究II)では,MTMM形式のデータの特別な場合であるMTMR(multitrait-multirater; 多特性多評価者)データに焦点を当て,特性ごと合計得点を利用して信頼性と妥当性を検討するための方法について論じた。 MTMRデータでは,同一の評価対象者について複数の評価者からの評定が得られるため,特性ごとの合計得点を計算し,その合計得点の信頼性と妥当性を考えることは個人の特性値を評価する上で有意義である。研究Uでは,特性ごとの合計得点における信頼性係数および,収束的妥当性係数,非弁別的妥当性係数の一般式を導出し,評価者ごとの適切な項目配分について,信頼性と妥当性の観点から検討を行った。企業における360度フィードバックの実データを用いた適用例の結果から,本手法を用いることで,実現可能な範囲内で,信頼性と妥当性を一定の水準に保ちつつ,評価者ごとに適切な項目数の配分を決定できる可能性が示唆された。 第4章では,研究Vで提案するマルコフ連鎖モンテカルロ (Markov chain Monte Carlo method; MCMC) 法によるアプローチについて理解を深めるため,ベイズ統計学およびMCMC法とその推定アルゴリズムについて概説した。 第5章(研究III)では,MTMRデータにおいて,同一立場内に複数の評価者が存在する場合の分析方法について論じた。360度フィードバックのようなMTMRデータでは,1人の被評価者につき,同一立場の複数の評価者による評定が行われる可能性があり,またその数は被評価者によって異なる場合が多い。このようなデータに対してモデルを適用するとき,これまでは平均値を観測変数として用いて分析が行われてきた。本来,評価者の人数は測定の信頼性に直接的に影響を与える要因であるにもかかわらず,平均値を用いた従来の分析では,その影響を考慮できていないため,分析結果から誤った解釈を導きかねない。実際に本研究において,従来の方法では,誤差分散を過小評価してしまい,正しく推定できていないことが明らかとなった。そこで,複数人から他者評価が得られたMTMRデータに対して,誤差分散を正しく推定するための1つの方法として,ハミルトニアンモンテカルロ(Hamiltonian Monte Carlo; HMC)法を利用したMCMC法によるアプローチを提案した。適用例では,研究Uと同様の実データを用い,MCMC法による推定方法の他に,従来の推定方法および,多母集団同時解析モデルによる分析を行い,結果を比較することで提案手法の有用性について検討を行った。提案手法の適用により,誤差分散の過小評価が改善されることが確認できた。したがって,提案手法を用いることで,被評価者ごとに異なる他者評価の人数を統計的に適切に処理した上で,信頼性と妥当性に関するより正確な定量的評価が行えると言えよう。 最後に,第6章においては,研究Iから研究IIIまでの結果を踏まえた総合考察として,MTMMデータを用いて信頼性および収束的妥当性,弁別的妥当性を検証するための確認的因子分析モデルの実際場面における応用可能性について論じるとともに,今後の展望を述べた。MTMM行列は,収束的妥当性と弁別的妥当性を検討するためのツールとして,心理学の領域でも知られているものの,分析結果から信頼性と妥当性を定量的に評価するための方法は,これまでほとんど示されてこなかった。また,MTMMデータはその有用性にもかかわらず,データの性質上,個人の研究者による調査の実施は難しく,企業における360度フィードバック以外ではほとんど収集されていないのが現実である。本論文では,3つの研究を通して,モデルの適用から,信頼性と妥当性を解釈するための係数の算出,および,それらの解釈までを一貫して行ってきた。測定の信頼性および収束的妥当性,弁別的妥当性を検討するための手続きを体系化して示したことで,本研究の成果が心理学の研究において実際に活用されることを期待する。 |
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Last update: 20150421 |