室橋弘人(Hiroto Murohashi) |
博士論文 |
博士学位論文 |
「Model specification search using genetic algorithm for factor analysis model」 |
本論文は、構造方程式モデリング(structural equation modeling, SEM)の下位モデルの1種である因子分析(factor analysis, FA)モデルを対象としたモデル特定化探索(model specification search, MSS)を行うためのアルゴリズムとして、遺伝的アルゴリズム(genetic algorithm, GA)の手法を応用した、従来よりも精度の高い手法を開発・提案したものである。 SEMとは、観測変数と潜在変数の間の影響関係について非常に自由度の高い検証を行うことが可能な多変量解析の枠組であり、心理学領域のみならず、社会科学を中心とした広い分野において利用されている重要な技法である。しかし、SEMは現時点において必ずしも完成された手法ではなく、いくつかの未解決な問題が残っていることが知られている。本論文において取り上げているMSSは、そうした課題の1つである。 SEMによる分析を行うためには、扱う変数間の関係を全て明示的に指定したモデルを、分析者が作成しなければならない。そのためには、分析対象に関する事前仮説が必要不可欠である。しかし実際の研究場面において、分析者が常に明確な事前仮説を持っているとは限らない。分析対象に関する基本的な知見そのものを得ることが調査・実験の目的であることも多いが、こういった場面に対してSEMは不向きであるとされている。しかし、むしろそういった状況においてこそ、SEMの柔軟なモデル表現を利用したいというニーズが少なからず存在しているのが現状である。また分析者が明確な事前仮説を持っていたとしても、必ずしもそれが正しいものであるとは限らない。もし事前仮説が誤りであることが判明したならば、まだ明らかになっていない、より良いモデルを発見しなければならない。こういった場合に有効となるのが、データから逆算して当てはまりの良いモデルを探索するアプローチであり、これを行うことこそがMSSの目的である。 しかし従来提案されていたMSSのための手法は、探索を始めるための起点となるモデルを指定しなければならない上、探索結果が起点モデルに大きく依存してしまうという問題点がある。このため、多くのソフトウェアにおいてMSSを行う機能が実装されているにも関わらず、これらが実際に利用される機会はほとんど無いという状態が続いていた。本論文はこの問題に対して、工学分野において成果を挙げている組合せ最適化手法の1つであるGAを応用することで、実用性の高い探索を行うアルゴリズムを開発したものである。ただし本論文において提案されたアルゴリズムは、SEM全般を対象にしたものではなく、その下位モデルであるFAモデルのみを対象としたものである。しかしFAモデルは、SEMにおいて潜在概念の測定を表すために用いられている、基礎的かつ重要なモデルである。従ってこの部分に関する探索アルゴリズムだけであっても、実用上十分な価値があると考えられる。 GAに基づくMSSを行うアルゴリズムの提案は2段階に分けて行われ、1つはFAモデルの中でも単純構造のみを対象としたもの、もう1つはFAモデル全般を対象としたものであった。いずれも単純にMSSに対してGAの枠組を適用しただけのものではなく、FAモデルの特性に関する考察を元に、随所に探索の効率と精度を高めるための工夫が凝らされたものとなっている。これらのアルゴリズムの挙動についてシミュレーションおよび実データ分析を通して検討した結果、全く初期仮説のない状態から、一定以上の確率で実用上十分な時間内に良い適合を持つモデルを発見しうることが示された. また、本論文において提案されたアルゴリズムのもう1つの特長として、GAが示す多種多様な当てはまりの良いモデル候補について包括的に検討することで,データに対して容易に深い考察を行うことが可能になるという点も明らかとなった。特筆すべきは、本アルゴリズムによって発見されるモデルの中には,従来このような場面において用いられていた探索的因子分析では発見できないようなモデルが多数含まれていることが、実データ解析によって確認されたことである。従ってこれらのアルゴリズムを用いれば、分析者は従来よりも広汎な選択肢の中から、実質科学的な知見に基づいて自らのモデルを選択・構築することが可能になる。 よって本論文において提案されたアルゴリズムは、データの構造について分析者があまり知見を持っていないような状態において,極めて有効なツールとして機能し得ると結論づけることができる。既に述べた通り、SEMは広い分野において、様々な分析のために日常的に用いられている手法である。本論文の成果はこういった場面に対して直接的にフィードバック可能であり、学術的のみならず、社会的な意義も大きいものである。 |
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Last update: 20070620 |