齋藤朗宏(Akihiro SAITO)
博士論文

博士学位論文

「SEMによる集団AHPモデルを用いた意思決定過程の分析モデル」

本論文では,SEM(Structural Equation Modeling)による集団AHP(Analytic Hierarchy Process)モデルを2つの方向から拡張し,意思決定過程の分析モデルとしての集団AHPについて論じている.1つは潜在混合分析と集団AHPとの複合であり,もう1つは多群・多相データへの集団AHPの拡張である.元々意思決定を行う手法である集団AHPについて,これらの拡張を行うことで,意思決定過程の分類や,代替案の背後にある属性の評価など,選択の背景にある豊かな情報についての分析が可能となることが示された.

1章ではまずAHPの基本的な考え方,計算方法について述べた上で,集団AHPについて説明されている.そして,集団AHPのような記述的な多変量解析手法の持つ問題点について,コレスポンデンス分析の布置の精度に関する研究を抜粋して述べている.最後に,提示された問題点を解決できる分析手法として,SEMによる集団AHPモデル(GAS)が説明されている.

2章では,GASと潜在混合分析の複合モデルの提案にあたり,その前提となる研究について論じている.まず潜在構造分析の基本的な考え方について述べた上で,EMアルゴリズムによるパラメタ推定法について説明された.さらに,因子に対する潜在混合分析のように,潜在混合分析をSEMの文脈で柔軟に表現することを可能としたMuthenの研究についても述べている.

3章では,本論文の大きな柱の一つでもあるSEMによる集団AHPモデルを用いた意思決定過程の潜在構造分析について説明されている.GASのモデル中には,潜在クラスで分類される変数としては評価基準の評価結果を示す因子と評価基準ごとの代替案の評価を示す因子の双方がある.ここから,評価基準の評価のみでクラス分けするモデル,評価基準ごとの代替案の評価のみでクラス分けするモデル,その双方でクラス分けするモデルの3通りが示された. このようにクラスの設定が複雑となると,比較しなければならないモデル数が極めて多くなり,実際場面での応用は困難である.そこで,Mplusのスクリプトを自動生成し,さらに分析された結果を整理,要約するソフトウェア「GALMIX」が開発され,このソフトウェアを用いてモデル設定の省力化を行うことが提案されている. 4つの分析例では,GASと潜在混合分析の複合モデルにおいて,通常とは異なる評価基準の評価の仕方を持ち,意思決定過程が異なる持つグループを検出した例が示された.また,実際には重要である筈の評価基準が評価基準として提示されなかったため,特殊な反応をする群が出てきてしまった例が述べられ,評価基準の設定に関して問題があった場合に,この章で提案されたモデルにそれを検出する可能性がある点が示された.

4章では,本論文のもう一つの柱である多群・多相集団AHPモデルの提案にあたり,前提となる研究が論じられている.まず,属性の組み合わせで代替案を作成し,そこから個々の属性の評価を分析する手法であり,多相モデルの前提となっているコンジョイント分析について述べられている.また,多群・多相データに関するSEMによるモデル表現が示され,提案される3モデルすべての前提となった多群.多相データに対する探索的ポジショニング分析についても説明されている.

5章では,多群・多相AHPモデルについて述べられている.多群モデルは2値の観測変数を想定することで表現され,多相モデルは評価基準ごとの代替案の評価を,属性を示す因子の線型和とすることで表現されることを示している.分析例から,多群モデルでは群ごとの代替案,評価基準に対する選好の違いが,多相モデルでは要因の水準の効果が見られ,それらを統合した多群.多相モデルでは要因の水準の効果の群間比較が可能となることが確認されている.また,多相モデルでは,水準が組み合わされたことによる交互作用や,水準の組み合わせに別の名前を与えたことによる効果についても確認された.

この論文全体を通して,意思決定過程を分析することの利点が論じられ,実際に豊かな情報が得られることが示された.また,AHPの形で取られたデータに対する分析が柔軟に行われ得ることが3章,5章で提案されたモデル,分析例から確認された.これは,分析者が個々の状況に応じて最適なモデルを作成しうる可能性も示唆していて,この論文の大きな価値の一つであると考えられる. 個々に見ると,3章で示されたモデルはあらゆる集団AHPのデータに対して適用可能であり,5章の多群モデルも多くの場面で適用可能である.これらの手法は,意思決定過程分析のための基本的な手順となりうる可能性がある.また,5章の多相モデル,多群・多相モデルは,コンジョイント分析に対してより深い示唆を与えられるだろう.

mailto: saito(atmark)suou.waseda.jp
Last update: 20070613