山崎瑞紀(Mizuki YAMAZAKI)
博士論文

博士学位論文

「アジア系留学生,及び,日本語学校生における対日態度形成に関する研究」

本論文は,在日アジア系留学生,及び,日本語学校生の対日態度の形成に関し,調査研究,及び,事例研究により検討と考察を行ったものである.本論文は次の5部から構成される.

第I部の研究史では,本論文の依拠する立場と目的を明確にした.

まず第1章では,留学生,及び,日本語学校生が,異文化適応を経験する文化集団のなかでも「滞在者」のグループに位置づけられることを言及し,従来,「滞在者の適応」は「カルチャーショック」の概念から説明されてきたこと,カルチャーショックを克服し適応状態に至る過程には,すべてが好ましく見える時期から滞在国に敵意を示す危機期を経て,回復期に至るという,U字型カーブの変化がみられることが指摘されてきたが,用いられている「適応」の定義が不明確で多義的である点に問題が存在することを指摘した.

第2章では,「滞在者」のなかでも,特に「留学生」の適応に関する研究を概観し,留学生における適応上の問題を明らかにするとともに,先行研究を踏まえて,「異文化適応」をどのようにとらえるべきか,についての議論を行い,「異文化適応」を,心理的well-beingや満足感といった「心理的適応」と,滞在文化におけるスキルの獲得といった「社会文化的適応」の2側面から構成されるものと考える立場をとることを明らかにした.これにより,滞在への満足感や滞在社会に対する態度は,心理的適応に属すものとなる.最後に,滞在社会への態度に関する先行研究の概観を行った.

第3章では,在日留学生,及び,日本語学校生の社会的背景について,法的立場や生活状況,等から,その特徴を述べた.

第4章では,複数の文化集団が接触する際に,意識の上で顕在化する「エスニシティ」について,先行研究を概観した上で,その定義を明確にし,留学生研究においても適用可能な概念であることを指摘した.

第5章では,第1章から第4章の内容を踏まえ,留学生の対日態度に関する先行研究の問題点を指摘し,問題提起を行った.
具体的には,以下の3つの目的を設定した.

  1. アジア系留学生・日本語学校生の対日態度とその規定因に関する因果モデルを構成 し,その妥当性の検証を通じて,対日態度の形成過程を明らかにすること.
  2. 対日態度の規定因としての「日本人との対人関係」と対日態度の間に,介在する要 因として「エスニシティ」の視点を導入し,新たに対日態度の因果モデルを構成, 検証することにより,対日態度形成過程における「エスニシティ」の役割を検討す ること.
  3. アジア系留学生の具体的事例を通して,量的な横断調査では浮かび上がってこない 内面の葛藤や,時間経過に伴う感情・認知の変化を検討すること.

第II部では,対日態度とその規定因に関する因果モデルを構成し,その妥当性の検証により,留学生・日本語学校生の対日態度形成過程を明らかにすることを目的とした.

まず,第6章(研究1)では,対日態度とその規定因に関して,留学生を対象とした面接結果に基づいて構成した因果モデルの妥当性について,多母集団の平均・共分散構造モデルにより検討するとともに,留学生と日本語学校生の各群の特徴を吟味した.結果として,留学生,日本語学校生とも,滞在3.5年未満の者に関しては,日本語力が高まることで,被差別感が減り,日本人との友人関係の構築が促され,それによって,ある程度,対日態度が好意的なものとなるというプロセスの存在することが示された.特に,日本語学校生にとって,日本語力の高さは,対日態度を決定する大きな要因であった.ただ,日本語学校生,滞在3.5年未満の留学生,滞在3.5年以上の留学生,の順に,日本人との友人関係構築に対する日本語力の影響は小さくなっていくと同時に,友人関係が対日態度を好意的なものとする力も小さくなっていた.また,滞在3.5年以上の留学生においては,日本語力の高さが被差別感を減じる効果もなくなるため,日本語力の高さは対日態度を規定する要因とは言えなくなっていた.しかしながら,この群では,滞在期間が長くなるにつれて対日態度はやや好意的になっており,これは,滞在期間が長くなるほど,日本語力とは関係なく,被差別感が減っていくというプロセスの存在により説明された.

第7章(研究2)では,被調査者数を増やし出身国別分析を可能にすると同時に,先行研究をもとに,「滞在者である留学生にとって,自分のエスニシティ保持を滞在社会に支援されているという感覚は,好意的な対日態度形成の核となっている」との仮説を立て,日本人との対人関係が対日態度に影響を与えるプロセスについて,新たな視点から因果モデルを提案し,その妥当性を検討した.結果として,留学生,日本語学校生とも,エスニシティに関する肯定的経験や否定的経験,及び,エスニシティを支持されているという認知が対日態度を強く規定しており,その規定力は日本人との友人関係の要因よりも大きいことが示された.ただし,友人関係は,対日態度にまったく関係がないというよりは,肯定的経験を提供する基盤となっている可能性がある.出身国別分析では,中国大陸出身者の方が,韓国出身者よりも,エスニシティに関する経験が多く,自分のエスニシティを 日本人社会に受け入れられていると感じていることが示された.また,滞在3.5年以上の留学生において,中国大陸出身者は滞在期間が長くなるほど,日本人に対する親和性イメージが好意的になるのに対し,韓国出身者はむしろ非好意的になっていく可能性が示唆された.

第III部(第8章:研究3)では,アジア系留学生の具体的事例を通して,量的な横断調査では浮かび上がってこない内面の葛藤や,時間経過に伴う感情・認知の変化を検討した.中国大陸出身者,及び,韓国出身者の複数事例を検討した結果,まず,中国大陸出身の留学生の特徴としては,「来日前の情報不足による日本社会への誤解」,及び,「社会体制の異なる国に留学したことによる混乱」,等が挙げられ,来日当初の混乱を克服することが,中国人留学生にとっての1つの課題と考えられた.一方,韓国出身の留学生の特徴としては,幼い頃より植えつけられた反日感情が,かえって,日本留学の動機の1つになっていることが挙げられた.韓国人留学生の場合,他の留学状況に比べ,滞在国人(日本人)に対する否定的感情をもって来日する者が多いため,その偏見の氷解が,留学の意義の1つとなっていた.一方で,韓国人の求める友人関係が日本人とは成立しないために,「日本人は情がない,冷たい」という情動的な面での不満や不全感が募っていくことも示唆された.対日態度形成において,「日本人との友人関係」と「文化的アイデンティティを支援されることで社会に受け入れられていると感じること」が重要な役割を果たしていることが,事例の分析により示唆され,研究1,研究2で提示された因果モデルの妥当性が確認された.

第IV部(第9章)では,第T部から第W部の内容を踏まえた全体的考察を行った.アジア出身の留学生,日本語学校生の対日態度形成過程における「日本語力」,及び,「エスニシティ」の機能について,主に,Berry(1980)によるアカルテュレーション・ストラテジー・モデルからの考察を行った.また,中国大陸出身者と韓国出身者の対日態度形成の差異について,友人関係の文化差,日本留学の与える意味,等からの考察を行い,比較的短期の適応と長期の適応では問題となってくる事柄が異なることから,両側面でのケアやサポートの必要性を提案した.

第V部(第10章)では,本研究により導き出された結論を,次の4点にまとめ,示した.

  1. アジア出身の留学生,及び日本語学校生の対日イメージ形成過程においては,「滞在期間」,「日本語力」といった要因が,日本での「被差別経験」や「日本人との友人関係」といった対人関係に影響を与え,そうした対人関係が対日態度に影響を及ぼす.
  2. その際,滞在3.5年未満の場合,「日本語力」は「被差別感」を低め,豊かな「友人関係」を促すことを通して,親和性イメージを高める働きがあり,岩男・萩原(1988)のように,「日本語力が高いほど対日態度が悪くなる」ということは認められない.しかしながら,滞在3.5年以上の場合にはそうした効果がみられなくなり,日本語力の効果には限界がある.
  3. 滞在国人との「友人関係」が対日態度を好意的なものとする効果は,滞在初期には比較的強くみられるが,滞在期間が長くなり,多くの日本人との接触がなされるにつれ,特定の友人への好意が日本人一般に汎化する程度は低くなる.一方,エスニシティに関する肯定的経験や否定的経験,及び,エスニシティを支持されているという認知は,日本人との友人関係よりも,対日態度に大きな影響を与える重要な要因であることが認められた.友人関係は,対日態度にまったく関係がないというよりは,肯定的経験を提供する基盤となっている可能性がある.
  4. 中国大陸出身者と韓国出身者においては,滞在3.5年以上の中期・長期滞在者の場合,対日態度の形成が異なる可能性が示唆された.この点については,友人関係維持の文化差や日本留学のもつ意味,等から考察がなされたが,両国の差異の有無も含めて,今後の検討課題として残された.
mailto: [email protected]
Last update: 20011123