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第52回教育心理学会シンポジウム
教育心理学研究に役立つ構造方程式モデリング
企画者:久保沙織 司会者:豊田秀樹 構造方程式モデリング(structural equation modeling; SEM)は,数理的に非常に柔軟であり,かつ応用可能性に優れた統計解析手法である.パス図を描くことで,モデルの概要や結果を直感的に解釈できるという点もSEMの長所の1つである.分析を実行するための使いやすい統計解析ソフトウェアが普及したこともあり,SEMは近年,人文社会科学の広い分野で多くの研究者に利用され,有益な情報を提供している.ところが,SEMの理論は決して完成されたものではなく,現在も発展的な研究が続いている.また,SEMの柔軟なモデル構成力により,各々の研究仮説を反映した分析者独自のモデルや,データの特性に合わせたモデルを作り出すことができるため,新たな数理モデルの開発も盛んに行われている.そのような状況のなか,既に多くの研究者によって利用されている従来の多変量解析の手法ばかりではなく,個別の研究目的に対応した応用的なモデルへの関心が高まっていることと考えられる. そこで本自主シンポジウムでは,比較的新しいSEMの理論の中から,教育心理学の研究に役立つと思われる手法を取り上げ,わかりやすく紹介する.理論の説明だけではなく,ソフトウェアの使い方,分析方法,結果の解釈の仕方など,実際のデータを用いることで適用のための解説を丁寧に行う.
RのパッケージOpen Mxによる構造方程式モデリング
本発表では,実際のデータを用いて統計解析ソフトウェアRのパッケージOpenMxの使い方を丁寧に説明する.構造方程式モデリングの分析に特化したソフトウェアの1つにMxがある.Mxは元来,行動遺伝学のモデルのために開発されたソフトウェアであり,多母集団の分析に優れているという特徴を持つ.そのMxが,RのパッケージOpenMxとして利用できるようになった.Rはオープンソースであり,かつフリーの統計解析実行環境である.OpenMxでは,Mxと同様に,多母集分析も含め回帰分析や因子分析など構造方程式モデリングの基本的なモデルのほとんどを分析することが可能である.R上でのOpenMxとMxとの大きな違いにして最大の長所は,OpenMxではRAM(Reticular Action Model)のモデル表現により変数とパスを指定するだけで分析を実行することが可能であるという点である.もともとのMxでは,共分散構造そのものを行列の形式で指定する必要があるため,構造方程式モデリングの数理的な理論を勉強していない初心者にとっては使いこなすのが難しいというのが実状であった.これに対して,OpenMxでは従来の行列形式の指定に加え,RAMによる表現が可能になったことで,さらに多くの研究者にとって使いやすいツールとなった.また,OpenMxでは,R言語そのものの簡便さにより,複雑なモデルを簡潔に効率よく表現したり,データの形式を容易に変換したりすることができる.発表においては,まず,教育心理学の分野でもよく利用されている身近なモデルを例にとり,実際のデータを用いてOpenMxの使用方法を解説する.加えて,Mxがその本領を発揮する行動遺伝学のモデルについてもOpenMxを使用した分析方法を紹介する.知能や学力,性格等の特性を決める要因として,遺伝と環境の影響を分離して評価するという行動遺伝学の考え方は,教育心理学の研究とも深く関連している.
絶対評価法を部分的に併用した一対比較データの構造方程式モデリングによる分析
複数の対象に関する選好度,嗜好度を測定する方法は,絶対評価法と相対評価法の2種類に大別される.前者は1つ1つの対象について個別に採点を行う方法であり,現在の心理学において潜在概念の高低を測る方法として,広く用いられている.しかし絶対評価法は,複数の対象についての評価を行った際に,判断基準が一定に保たれるとは限らないという欠点がある.このため同じ対象者が同じ対象を評価しても,結果が必ずしも一貫した物になるとは限らない.これに対して相対評価法は,複数の対象を比較する形で採点を行う方法である.このため複数の対象の順序関係に関する情報が,絶対評価法よりも一貫した基準に基づいて得られる可能性が高い.中でも代表的な相対評価法の1つである一対比較法は,対象を2個ずつ組み合わせて評価を行う方法であり,元来心理学の領域において開発された手法である.しかし利用できるソフトウェアが少ないことや,分析モデルのカスタマイズが行いにくいことから,必ずしも心理学の研究において利用が盛んではなくなっていた.しかし近年,一対比較法の分析モデルを構造方程式モデリングの枠組みによって分析することが可能であることが示され,一対比較法が再び注目を集めている.構造方程式モデリングによって再表現されたScheffeのモデルやThurstoneのモデルは,一対比較によって測定された嗜好度に関する因果モデルを分析仮説に応じて追加することが可能であるなど,従来の一対比較法では分析することが困難であったような多様な仮説を,容易に扱うことができる.構造方程式モデリングを用いた一対比較法の大きな特長として挙げられるのが,個々の対象者における選好度,嗜好度を算出することが可能な点である.従来の一対比較法は評定対象の総合的な順位を求めることに主眼が置かれており,個人における選好度の違いは考察対象とされていなかった.しかし因子分析モデルを利用した構造方程式モデリングによる一対比較では,個人ごとの選好度を求めることが可能になる.このため選好度の個人差に関する研究が可能になり,心理学における様々な課題への適用が可能となった.しかし一対比較法によって得られるデータは相対比較によるものである.このため得られる選好度も,あくまで相対的な順位でしかないという限界があった.例えば「全ての対象を高く評価している人」と「全ての対象を低く評価している人」がいた場合でも,一対比較によって得られるのは,どちらも「どの対象も同じ程度に好まれている」という結果でしかない.しかし選好度の個人差を研究するならば,この2つが区別できないというのは望ましいことではない.そこで本研究では,絶対評価法によるデータを部分的に併用することで,この点を補うような一対比較データの分析モデルを提案する.この方法を用いれば,全体としては評定対象の順位が一貫して保たれるという一対比較法の好ましい特長を保持したままで,個々人における選好度の絶対的な位置の違いを考慮した形での個人における選好度を求めることが可能となる.
多特性多方法データを用いた妥当性の検討
教育心理学の研究においては,性格特性や学力など,構成概念が測定の対象となることが多い.構成概念は直接観測することはできないが,テスト等を通じて間接的に測定される.構成概念を扱うテストにおいては,その信頼性および妥当性の検討が重要となる.このうち信頼性については,アルファ係数や一般化可能性理論等,明確な指標の提示や理論の展開が進んでいる.一方で,妥当性についてはその根拠を与える確固たる指標がないというのが現状である.本発表では,弁別的妥当性および収束的妥当性を測定するための手段として多特性多方法(multitrait-multimethod; MTMM)行列を取り上げ,構造方程式モデリングの枠組みから確認的因子分析モデルと直積モデルを紹介する.MTMM行列とは,複数の特性を複数の方法によって測定したときに得られる相関行列のことであり,測定方法や測定機会が異なっても同一構成概念同士の相関が高ければ収束的妥当性が高いと見なすことができ,測定方法や測定機会が同じでも異なる構成概念間の相関が低いならば弁別的妥当性が高いと見なすことができる.教育心理学の実践場面においても,例えば,先生を特性,学生を方法としてとらえることで,授業評価から得られるデータをMTMM行列と見なすことができる.また,いくつかの性格特性について,学生自身,担任の先生,友人という3つ側面からの評価を収集した結果もまた多特性多方法行列として扱うことができる.MTMM行列に対して確認的因子分析を利用することで収束的妥当性と弁別的妥当性を統計的に検討するという試みは,これまでに多くの研究が報告されているが,ここではCT-C(M-1)モデル(Eid, 2000)を紹介する.これは,実際に想定されている方法の数より1つ少ない数の方法因子と,測定した特性の数と等しい特性因子を仮定した確認的因子分析モデルである.CT-C(M-1)モデルでは,古典的理テスト理論の考え方に基づいて,観測変数の分散を特性,方法そして誤差の3つの要素の分解することを可能にしたという点に意義がある.これら3種類の分散を定義することにより,信頼性や収束的妥当性,弁別的妥当性を定量的に表現することができるからである.このモデルについて,理論的な説明を行うとともに,実データを用いた分析例を示すことで,教育心理学の研究において活用していただけるようわかりやすく解説する.
構造方程式モデリングによる信頼性係数と妥当性係数の検討
学力や自尊感情,攻撃性などのような個人の特性を測定するために,尺度を構成することは,教育心理学の研究において重要な役割を担っている.多くの研究論文において新たな心理尺度が開発され,翻訳版や短縮版などの作成も行われている.また,実際の状況においても,個人の状態を的確に把握するために,作成された心理尺度が用いられ,適切な対応のための資料とされている.尺度構成においては,通常,測定対象の特性に関する理論的検討から質問項目を作成し,実際に得られた回答(解答)から信頼性や妥当性などの統計的性質が評価される.このとき,信頼性の指標としてはアルファ係数が多用されている.尺度がより高いアルファ係数の値を示すように,項目が削除されたり,追加されたりすることが,尺度の構成において行われる.実際,主要な統計解析パッケージの中には,尺度を構成する各項目を除いた場合のアルファ係数が出力されるものもある.しかしながら,信頼性係数としてアルファ係数を用いる際の問題点が,多くの研究によって指摘されており,アルファ係数に代わる信頼性の検討方法が望まれる.一方,測りたい特性を測れているかという測定の妥当性は,信頼性以上に重要な概念であり,信頼性の検討と合わせて実行できることが望ましい.心理学や教育心理学などにおいて仮説的に構成された概念を測定する尺度は,物理的なものさしのように測っている内実が明らかな場合が少ないため,妥当性の検討は特に重要である.測ろうとしている概念と関わりがあると考えられる基準が用意できる状況では,その測定値との相関を妥当性のひとつの指標と考えることができる.本発表では,この基準連関妥当性を取り上げる.アルファ係数によって項目選択を行うことで,妥当性係数に悪影響を与えることも指摘されており,信頼性と妥当性を同時に考慮できるアプローチは有用であると考えられる.ここでは,構造方程式モデリングの最近の展開を踏まえ,アルファ係数に代わる信頼性の指標と,測定対象と基準となる概念との相関係数で捉える妥当性係数を同時に推定可能とする枠組みを紹介する.基本的には因子分析モデルの応用であり,特に新奇ではないモデル構成で信頼性と妥当性を同時に検討することが可能となる.項目の削除や追加を通じた尺度開発の過程において,信頼性係数や妥当性係数の変化を検討する場合,例えば,その変化の信頼区間はどの程度の幅なのか,係数の減少,あるいは増加は統計的に有意であるのか,といった点を検討したい場合があるだろう.構造方程式モデリングによるアプローチによって,このような検討も容易に実行できる.本発表では,実際にデータを用いてアルファ係数使用の問題点や,紹介するアプローチの実行の容易さ,有効性などを示す.
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